広島柳生会

正傳新陰流 広島柳生会

剣道の修業の一環として新陰流・制剛流抜刀術を伝承する広島柳生会の日常の稽古風景や出来事を掲載する。

4月第四日曜日稽古会・・・ゴールデンウイークの中での稽古会

令和六年4月28日、久しぶりにゴールデンウイークの中での稽古会を行いました。これは、大阪の野原君の申し出に応じての事であります。コロナ禍の最中は兎も角、それまでは良く行っていたゴールデンウイークの中での稽古会の再開でもありました。

勤務の都合の付いた齋藤君も出向いて来る事が出来ました。

先ずは全体稽古の始まるまでの二人の一人遣いの確認をしました。これが正しく行えずに形稽古も地稽古もありません。又自身の問題点を認識出来ずに間違った振りを行っても全く無意味であります。ユックリ大きく振る事は、正しさ有っての事です。そして正しさを身に染み込ませ、それに鋭さを着けて行く。之が出来ねば役にはたちません。そして一人で正しく鋭く振れて行けば、それを人相手に通じる振りとする。言葉で言えば容易い事ですが、これは生涯の修行を要します。

一人稽古で正して行く段階でユッタリ振った後は、踏込みに気を込めて、鋭く振って行く・・・振り切った時の正しい体勢を確認する・・・其の確認が出来てない。之では駄目です。

振りを置きに行ったり、振りに負けて状態が仰け反ったり・・・自身で気が付かねば駄目です。気を込めた踏込みからの足腰の連動・・・刀法はこれ以外にはあり得ません。ユッタリ振る時にも踏込みには気を込める。これが根幹と成ります。

一刀両断(人中路を真っ直ぐに振り下ろす)順、逆(袈裟斬り)、この三つの太刀筋で事足りると新陰流では教えています。此の太刀筋をどの様な状況であろうと使いこなす稽古をする・・・生涯求めて行くばかりであります。

形の出来不出来に一喜一憂せずに遣い切る・・・その後に一つの反省を確り認識し、一つの良い出来を確認する。師弟同行の稽古が続きます。

日記

広島武徳会

4月、西宮高段者三人稽古会

令和六年4月24日、二か月振りに高段者三人稽古会の為に西宮に出向きました。お相手のお一人の足の具合を観ながら此処の処二か月に一回と成っております高段者三人稽古会であります。広島を出立する時からこの日は雨でありました。その雨は東に移動しながら・・・雨雲を共にしての道中でありました。

途中お一方のお自宅に伺い、一時間余りの剣道談議に花を咲かせ、道場に同行しました。何時もの事ながらこの何気ない思い付くままの剣道談議が、二人の大切な時間と成っております。

西宮市中央体育館剣道場に到着すると何時もの様に弟先生が出迎えてくれました。此処からの時間は、三人だけの剣道三昧の大切な時間と成っております。

坐礼を終え、何時もの様に剣道形を打ち合いました。お兄さん先生は、膝の具合が芳しくなく蹲踞が出来ない為に打太刀だけを所望されるのは、当初からの約束と成っております。この日は六年前の稽古当初から感じている事を始めて言葉としてお伝えしました。

九歩の間に立ち、向き合うとお相手の眼差しがスーッとお地蔵さんの眼差しと成ります・・・(薄目)・・・お相手の目がみえません。大変遣り抜くさを感じた六年前からその事は変化がなく今日に至っております。無論仕太刀として遣り難さを感じた以上その対策は瞬時に行っておりましたが、薄めの状態は今日も同じであります。

その事に初めて言及をしました。ご本人曰く、池田先生直伝の紅葉の目付(遠山の目付)を行っているとの事・・・剣道形解説書の目付は、目を中心に全体を観ると言うのが本旨であります。目は口ほどにものを言うと申します。目線を離して合気は有り得ません。目線を離さずに遠山の目付の習得を目指す・・・これが本旨であります。

何にしても特に打太刀を務める時に、薄めで仕太刀から目を観え見えにくくする事は、仕太刀の修業の邪魔になる事をお伝えしました。

弟先生は、無論その様な事はありません。小生が先に打太刀を務めますので特にここ数年、合気と成り心地良い形が打てております。小生が仕太刀と打つ場合において、お二人共に古流も修行されておりますので。その弊害と言う訳ではありませんが、一刀両断の斬り(打ち)が介者剣法と成りがちです。新陰流においてはすでに400以上前にその事は否定されております。その教えが近世剣道において確立されておりますので、お二人の今後の課題でありましょう。

お二人を相手の地稽古では、特にお兄さん先生を相手にする場合の前回の決定(けっじょう)は、ほゞ思いのままに遣えたと思います。例え突き倒す事と成ろうとも(一本は・・・)剣先を弛めたり、体当たりを遠慮する事はなしで遣えました。お二人共に小生の剣先に全ての出を制せられ、無理に打とうとする処を小手を抑えられ、振り被ろうとする処に連れし従われて揚げ小手を打たれ、胴を豪快に撃ち抜かれ・・・思わず身を引こうとする処を成す術なく面に仕留められておりました。勇気を喚起して面にくる弟先生を摺り揚げ面に仕留めて地稽古を終了としました。

稽古後に(何時も何時も一本見事に決められた処で終了ですね)とイミジクモ吐露された言葉が印象的でありました。其の内にお二人から見事な一本を頂く日が参りますでしょう。楽しみです。

日記

広島武徳会

4月第三日曜日稽古会

令和六年4月21日、4月第三日曜日稽古会を行いました。この日は永原、小林君が出向いて参りました。両名共に夕方からの予定を抱えての参加でありましたので、平素の稽古時間を半分にして三時間予定での稽古会となりました。従って最後に行う地稽古は今回は取り止めとしました。

先ずは何時もの様に夫々の思いで一人遣いに精を出す二人でありました。平素の一人稽古に思いを馳せながら二人の様子を観ておりますと、先ず感じるのは中段に取った時の位の不足であります。雷刀(上段)から始めて中段になると途端にみすぼらしく成ります。そこの処は言葉を添えて自覚を求めました。これでは一人稽古が、地稽古に繋がりません。中段は攻防一体の位です。万全の備えをしながらも攻めと成り、瞬時に打ちに変化する働き、動を備えていなければなりません。常に相手が目の前にいる事の意識を忘れては剣と成り得ません。

そして体の運びが乏しい・・・一人遣いの時こそ如何に体を充分に運ぶかを念頭において置かねば成りません。一人遣いは稽古です。殺陣の練習と成り下がっては時間の無駄であります。強く自覚を求めました。師の前での一人遣いで汗だくだくとなる二人でありました。

基本打込でも単なる惰性の繰り返しに成る事無く、真の稽古を求めて行わせました。一見単純、簡単に思える事の中に突き詰めれば何とも難しい事に気が付かされる二人でありました。軽やかに打っている積りでも力みが入り、左肩が上がり、叩きと成り・・・体は真っ直ぐ運ぶ事が叶わず・・・頭では判っている事の実際に行う事の難しさを再認識する二人でありました。基本を身に付ける事の真の難しさを感じる二人でありました。基本稽古は一生です。

 

兵法、剣道形では、基本稽古で気が入ったのか、気の充実は素晴らしかった二人でありました。特に三学、そして剣道形では身体の芯から熱くなるのを感でじたのは、二人を相手にして初めてでありました。形を打ち終えて上気した様子の二人を観て、あらためて頼もしく感じました。二人の剣道形が真の稽古に入った瞬間でもありました。打太刀と真に合気と成り、呼吸法に気を配り、必死に遣えばこの様になります。成らねば真の形稽古とは言えません。三学も常にこの様に遣えねば本当ではありません。

最後に真剣にて抜刀を抜き合いました。体を確りと運び、気を入れた踏込みを為し、足腰刀の連動で振り切る・・・振り切った剣先は流れる事無く、ピタリと止まるように・・・真の振りを求めて時間の許すまで、刀に己を没入して無心の行を求めました。

日記

広島武徳会

 

スーパーGT開幕戦への応援・・・小林君、今シーズンへの出陣

令和六年4月14日、スーパーGT開幕戦決勝レースの応援に出向きました。12年前に小林君が入門してからの当会恒例行事と成っております。それまではモータースポーツの門外漢でありました我々も少しづつモータースポーツの魅力にはまって来た昨今であります。今回は小林君の愛娘も初めて父親のレース観戦に参加でした。あの轟音の中、果たして静かに応援出来るかと・・・少々あんじておりましたが、その心配も何のその、途中ではスヤスヤと爆睡しておりました。子供は逞しい・・・一安心でありました。

小林君も廣川君月命日の前日にお墓に出向き、冥福を祈りながらも今シーズンへの抱負を誓い、今シーズンの戦いに臨んでおります。いざ出陣であります。

当初は4月第一週土日開催でありました本大会も天候を考慮して第二週と成っております。其の甲斐あってかこの日は、快晴でありました。気温の上がった中でのレースはタイヤの消耗との戦いでもありました。

昨年の優勝を目の当たりにしている我々は、昨年の再現を期待しておりましたが、レース前からの車両に対する突如の規制やら不運に見舞われ、遂にはタイヤが悲鳴を上げて仕舞いました。結果は残念でありますが、敗戦の中からも学ぶべきを学び第二戦に向けて準備をして欲しいと願っております。

日記

広島武徳会

延岡 志誠館の道場開きに参加

令和六年4月6日、延岡へ出向きました。志誠館の道場開きの式典に参加する為であります。昨年逝去された甲斐氏が残された道場を正式に佐藤館長率いる志誠館が引継ぎ、新たなる拠点として引き継ぐ事になりました。

甲斐氏とのご縁は、宮島嚴島神社奉納古武道演武大会での邂逅から始まりました。時は平成24年6月の事でありました。その頃はまだ大会実行委員長に成る前でありまして、甲斐氏も一人で参加され空手の型を演武されていました。我々の新陰流の演武を観られて、人懐っこい笑顔で話しかけられ、新陰流仕込杖(十兵衛杖)の伝授を懇願されました。

思わぬ懇願でありましたが、その求めて止まぬ無邪気な情熱に絆され、延岡に出向く事と成りました。延岡とのご縁はその様に始まりました。その時の伝授の場として案内されたのが本日の道場でありました。二階建ての私道場でありました。空手から始まり、合気道中国武術、居合等手あたり次第と言っては失礼かもしれませんが、好奇心の赴く儘に色々な武術に手を染めておりました。

小生と出会った頃は少し自身と言う物に迷い彷徨い始めておりました。色々な事を遣りすぎて、総合武術などと言う世迷言に逃げている頃でありました。

小生との出会いは、その様な状態から何とか抜け出そうとする中での出会いでありました。その状態を感じ取り、武道と言う物をトコトン伝える事としました。受け取れねば斬り捨てる覚悟でありました。

その頃の甲斐氏は70歳過ぎでありました。嬉々として新陰流外傳に取組んでおりました。しかしながら剣と言う物に正式に取組んだ事ない氏に取りましては、その年齢に諦めを感じる事となりました。小生はそうは思いませんでしたが、ある時に(新陰流を学ぶには年を取りすぎました)と寂しそうに申され・・・そこから疎遠になっておりました。

しかしながらご縁の糸は切れてなく、昨年3月七年振りの再会を果たしました。あれだけ元気の塊であった甲斐氏は・・・病に侵され、歩行困難そして言語障害認知症も患い、人生の最後に差し掛かっておりました。小生の顔を観るなり声に成らない声を上げ、不自由な体で抱き着いてきました。其れだけで蟠りも霧散し、出会った頃の二人と成りました。そんな甲斐氏が四か月後、再度小生が延岡に出向いている途中その日に旅立って仕舞いました。深い縁を感じざるを得ませんでした。

残された道場については相続人であります子供さん達に連絡を重ね、遂に同意を得て本日の運びと成りました。後は託された佐藤館長と志誠館の面々が、真の武道を求めて稽古を重ね、精進し次世代に繋げる事を願うばかりであります。

道場開きに際し、点てられたお茶を廣川君共々頂きながら、志誠館の真の発展を願うばかりでありました。甲斐氏を思い出しながらの来賓挨拶では、12年に及ぶ月日が走馬灯の様に思いだされ、染み出てくる涙を禁じ得ませんでした。そして廣川君の事に常に気を配って頂く堀之内先生の存在は志誠館の守り神の様に感じ入りました。

人の世の切っても切れない縁を再確認出来た良き道場開きでありました。   合掌。

日記

広島武徳会

 

4月、久々の平日稽古会・・・小林君、スーパーGT開幕戦開幕戦に向けての送り出し稽古

令和六年4月2日、4月最初の稽古会は、久々の平日稽古会と成りました。ほぼ四年振りの平日稽古でありました。コロナ禍で自粛しておりました平日の夜稽古でありますが、小林君のスーパーGT開幕戦を来週に控えて、土日何かと忙しく稽古に出向けない彼の為にこの日の稽古会となりました。

土日と違い稽古時間は3時間の確保でありますので地稽古は行わずに、基本稽古、兵法、抜刀を行いました。

一人遣いの様子を観ておりますと、踏込みによる体の運びに今少しの物足りなさを感じ、その点を伝えました。体の運びを意識する事で、明らかに足腰刀の連動に、良き働きが出て来ておりました。体捌きは備わる物で、作る物ではありません。彼の性癖の作ろうとする処は、遣い切ると言う処に心を持って行かねば成りません。備わる事を信じ、只只管に気一杯で遣い切る事を命じました。

木刀による打込みでは、強く振ろうとすると僅かな力みが生じ、左肩が上がります。右手主導に成っていました。言葉を添えて正しました。両手太刀は左が主です。無意識な中での備わりを求めて何度も打込みを繰り返し行わせました。元立が相懸るその手の内を伝えながら…手の内の伝承を続けました。

打ち抜けの体の運びは、何処までも真っ直ぐに・・・この一見単純に見える事が・・・中々に難しい・・・彼の場合は、右にズレて行きます。弟子夫々に癖があります。ある者は左にズレ・・・弟子達一人一人が全く別の人格です。同じようには参りません。夫々に応じた伝承を根気よく行って参ります。

兵法においては、特に直勢中段の位について言葉を交えて伝えました。この何気ない構えの中には、攻めと守りが備わっていなくては成りません。鉄壁の守りを備えながらも瞬時に攻撃に出る事ができねば成りません。攻撃の備わって無い守りは有り得ません。

兵法において何故に打太刀が打って出るか・・・そこを伝えました。何気なく行っている形の中の真の意味をそこから何を学び身に付けるか・・・果てしない師弟同行の修行有るのみです。

活人剣の真の意味も合わせて伝えました。地稽古で自身が打ち取られている意味を理解した様で有ります。知ってからが真の修行です。何時の日にか自身が遣いこなせる様に・・・果てない修行を積み重ねるのみです。

真剣での抜刀では、物心両面の伝承を行いました。伝えられ渡された物を真摯に受け継ぎ、身に付け、次の代に伝えられるように励んで欲しいと切に願っております。

三時間の直伝稽古を行い、送り出し稽古を終了としました。

日記

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3月最後の日曜日稽古会・・・年度末

令和六年3月31日、3月最後の年度末でもあります日曜日稽古会を行いました。山口から永原君と昨日に引続き呉から齋藤君が出向いて参りました。

先ずは一人遣いに精を出す二人でありました。師の前での一人遣いは日常の其れとは別物となります。噴き出す汗を懐の手拭いで拭いながら緊張感を持って取り組んでおりました。昨日あれ程厳しく一人遣いを指導されたにもかかわらず、又しても一人勝手な足捌きを厳しく指摘される齋藤君でありました。この者の思い込みと思しき勝手な言動は、ある種筋金入りであります・・・厳しき𠮟りつけ、正させました。阿呆にも程があります。

基本打込では、各人が課題を確り認識して取り組む事が大切です。只夢遊病者の様にのんべんだらりと繰り返せば良いと言う訳ではありません。確りと求める物を自覚し、それの習得を強く意識して取り組まねばなりません。

永原君は打ち抜けによる体の運びが、まだまだ真っ直ぐとは行きません。左に傾いていきます。一本一本に気を込めて只管体を真っ直ぐに運ぶ事に集中する事です。何気ない事に大切な教えが含まれております。

齋藤君は、打込む深さには少しは気が行くようになって来ましたが、順逆の刃筋がまだまだ不確実です。更なる精度を求めての基本稽古が必要です。

兵法では、二人とも気の充実不足から形を作ろうとしたり、合撃の際に打太刀の勢いに押されて上体がのけ反ったりと戒律に触れる現象が出ておりました。各人確りと自覚し、正す事を命じました。

大切な事は只々基本の中にこそあります。平生の素振りにもっと心を込めて取り組む事を求めるばかりであります。

他の者が伝承を受けている時に他人事と成らぬ態度を求めました。見取り稽古の大切さを再度説きました。稽古に臨む誠実さが欠けぬ様に心させました。

真剣での基本刀法では、まだまだ竹刀、木刀での稽古が活きておりません。真剣での振りが竹刀、木刀で得た物と別物に成っては稽古の意味がありません。一つの物としての修行を求めました。

一気に春と成った昨今、道場内の稽古の陽気を更に高めて参ります。

日記,

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