広島柳生会

正傳新陰流 広島柳生会

剣道の修業の一環として新陰流・制剛流抜刀術を伝承する広島柳生会の日常の稽古風景や出来事を掲載する。

令和二年一月・・・廣川君祥月命日のお参り。

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祥月命日・・・廣川君が旅立って丸三年。御自宅へのおまいり。

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祥月命日・・・お墓へのお参り。

令和二年1月12日、廣川君の祥月命日のお参りに御自宅とお墓に出向きました。午後から行う稽古はじめ二日目の前に一門で先ずは、ご自宅にお供えを携え出向きました。イタリアの武藤君からのお供えも持参いたしました。昨年、クリスマスイブにお参りした際に美しく咲き誇っていた当会からの胡蝶蘭は、この日もその清楚な美しさを湛えておりました。

その際にお供えした甲手は祭壇の右隣の廣川君愛用の桐箪笥に大事に納められておりました。一昨年、武藤君がイタリアから送ってくれましたチョコレートの一箱は流石にこの日は見受けられませんでした。

お線香をあげ、何時もの様に語り掛けるように般若心経を唱えました。同行した弟子達も夫々に静かに時間をかけてお参りしておりました。自身の今年にかける思いやら、思い出を語り掛けていたのでしょう。

廣川君が旅立つ直前に用意してくれ、今でも毎回道場の正面にお供えされている鏡餅のエピソードをこの日も懐かしむ様に語ってくれるお母さまでありました。

旅立つ直前まで鏡餅をいそいそと用意し、あの子は(稽古はじめに出向く事をねがっておりました。本当に行きたかったんでしょうね。)と笑みを湛えてお話になるお母さんのお言葉・・・涙が滲んで参りました。

そして必ず宮島嚴島神社の舞台に又立ちたかった・・・。我々一門の想いも同じであります。・・・ですから毎回、皆何時も廣川君と共に嚴島神社祓殿の場に立ち、演武を行う・・・何年経とうとその思いは、終生変わりません。

ご自宅を辞し、急いでお墓に向かいました。昨日、お母さまが出向かれた様子が窺われる様に一杯のお花が供えられておりました。そこへ持参のお花を加え、お供えをし今一度般若心経を唱えました。

日記