広島柳生会

正傳新陰流 広島柳生会

剣道の修業の一環として新陰流・制剛流抜刀術を伝承する広島柳生会の日常の稽古風景や出来事を掲載する。

8月、西宮高段者三人稽古会へ遠征

令和五年8月30日、西宮での剣道高段者三人稽古会の為に遠征しました。メンバーの足の具合を考慮して、二か月振りの遠征と成りました。三人だけの稽古会でありますので、時間も二時間とし、その中で剣道形、地稽古を気一杯で遣い合います。小生が、御兄弟お二人のお相手をすると言う形態であります。

剣道形においては、小生が打太刀をする場合は何の問題もありませんが、仕太刀を遣う場合が毎回課題が発生いたします。やはり打太刀を遣う場合の拍子と太刀筋がチグハグと成った場合の対応を毎回感じ入ります。

形を地稽古の如く遣うには、如何なる突発的出来事にも対応せねば成りません。それは此の五年間の稽古で可成り工夫して出来る様に成ってはおりますが、打太刀が打つべき太刀筋で無い場合・・・例えば六本目の鋭く小手に打込んでくる場合の摺り揚げ小手ですが、太刀筋が乱れて横からくる小手打ちに上に摺り揚げる事は無理があります。

瞬時に応じる為には、本来なら返し小手に応じるべきかもしれません。今回は、自身がどうしても上への摺り揚げに拘った為に鍔を遣わざるを得ませんでした。次回迄に工夫を要する処であります。形と言う約束稽古の難しい処であります。決められた打でない打ちに如何に応じるか・・・このままにしておく事は出来ません。

小太刀の摺り流し・・・これも前回、来るべき処まで来ない太刀筋に来るとして応じた為に外れて仕舞いました。今回はやはり前回と同じく、正しく胴迄来てない太刀筋に外さずに応じる事が出来ました。これはこれで一つの進歩であると感じました。剣道形の打太刀は、やはり師の位が遣うべきであるといまさらながらに感じ入りました。本来、形は、直ぐに誰とでも打ち合える物ではありません。

地稽古では、一人の足の具合もあり、その場での振り被り打ちに終始するお相手のある種の難しさも感じました。我々の打ちは、僅かでも出て来る事を伴った打ちに対応する打ちを身に付けています。特に面打ちです。体が出て来ずに振りかぶられて仕舞うと面打ちは防がれます。そうすると瞬時に振り被る途中の小手や振り被った処の小手、胴打ちに打ち取る技は出来ますが、少し物足りなさを感じて出頭面を取りにくい相手への攻込み面に工夫をしてみました。一本胴に返された場面もありましたが、コツは掴めました。

その掴んだコツは、相手を変えての攻込み面に成果として現れました。剣先を抑えるでもなくスーッと水が流れる様に腰から入ってくる体捌きに・・・全く対応できませんでしたと感想を述べられておりました。打たせて貰って有難い・・・三人で作り上げた攻込み面でありました。

帰路に付き、車を運転しながら本日の稽古に思いを巡らしながらの道中は、あっと言う間の五時間でありました。

日記