広島柳生会

正傳新陰流 広島柳生会

剣道の修業の一環として新陰流・制剛流抜刀術を伝承する広島柳生会の日常の稽古風景や出来事を掲載する。

四月最初の稽古会

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四月最初の稽古会を行いました。今回は大阪から野原君が珍しく日曜日に出向いて参りました。平生は勤務が水曜休みと成っておりますので大竹で稽古を行なうことが多いのですが、この日は五月の道場で有ります。到着するなり挨拶も早々に床の感触を懐かしむように一人遣いを楽しんでおりました。全員が揃うまで待とうかとも考えましたが、明日から始まる第三クールの準備の為に少し時間がかかると聞いておりましたので、適当な一人遣いの後に稽古を始めました。


先ずは基本打込みを確りと行いました。前回の大竹での稽古の際に強く意識して貰った後ろ足の捌きは此のひと月で可也良くなっていました。しかし時としてその足の備えと違とする腰から上の歪みが出ておりました。今までの悪癖の名残がまだ抜け切らぬよう様で有りました。一度身についた悪癖を抜き去ることの難しさで有ります。今一度確りと自身の身体と会話してもらう事としました。永原君も最初、順逆の際に体がハノ字の動きをしておりました。途中指摘すると可也正されてきました。これなど最初からもっと意識して遣わねば駄目です。身に付くまでは少々窮屈でも意識して遣いながら自身を正さねば成りません。相懸けも拍子が悪い為に竹刀の音が二度しておりました。これなども当てる拍子にもっと気を集中せねば成りません。全てがおくれておりました。この辺の事は二人とも平生往生です。道場内の事だけで済ませておるから身につくのが遅いのです。所詮禮の未熟と言う事であります。


基本稽古が終わった頃に好美君が明日からの準備を終えて駆けつけて参りました。手には確りと竹刀袋を持っておりましたが、得意気な少し誇らしげとも受け取れる、おすましした様子とは裏腹に何時もの剣道着をいれた風呂敷は手に持っておりませんでした。何かに気がついて欲しい様子で皆と挨拶しておりましたが・・・・・何と髪を20センチ余り切ってきており、それもお姫様カットにしておりました。これも又明日から始まる第三クールの戦いへの気合の現れで有りました。


皆が三学を遣い有っておる間に何時の間にか剣道着袴に着替えておりました。当初は平服のまま三学、燕飛を遣うつもりであったのでしょうが道場に入ってみると気が高まって来たのでしょう。良き事であります。その三学は野原君も感心する出来でありました。特に二の斬り、合撃は延岡の演武以来超速の上達をみせております。やはり人が何らかの覚悟を決めてやり遂げると、剣の神様も何がしかのご褒美を用意せざるを得ない様で有ります。ボンヤリ気味の永原君も何かを確りと感じたと思います。(見逃していたならば又説教です)。野原君は斬釘での捉え処が良くない。もっと竹刀操作の精度を求めます。永原君は昨日の小林君のレース、初戦の観戦疲れからか踏込みがモッサリしたものに終始しておりました。もっと踏込みに気を込めねば駄目です。その日の一本はその場限りです。後で取り返す事のできるものでは有りません。


その後、九箇、八勢、下からそして好美君には燕飛を遣って貰いました。小生も明日を控えて、時間と共に自然と気が満ちてきたようで最後の浮舟の手裏剣打ちは、好美君曰く(演武の時の二倍速)と成りました。しかし、彼女の気合入ったお姫様カット宜しく、見事に撃ち落として見せました。又青地を作ったかと少々ヒヤリとしましたが・・・・・事なきを得ました。その気合のノリのまま、野原君への燕飛の伝授が始まりました。これから事あるごとに取組んで貰います。


最後に皆で抜刀を時間まで抜き合い、稽古を、送り出しの稽古を終了しました。明日からの戦いを確りと戦い抜き、早い復帰を願っております。今回も稽古で送り出せた事を皆で喜び合いました。