広島柳生会

正傳新陰流 広島柳生会

剣道の修業の一環として新陰流・制剛流抜刀術を伝承する広島柳生会の日常の稽古風景や出来事を掲載する。

7月第二日曜日稽古会・・・廣川君月命日前日の稽古

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7月11日

令和三年7月11日、第二日曜日の稽古会を行いました。道場使用が12時からと成っておりますので、10分前には道場に到着しましたが、若者達が入り口で待っておりました。来週にはスーパーGT第三戦をひかえる小林君もレース前の気入れに出向いていると思いきや・・・車から降りて目にする彼の表情は・・・腑抜けた物でありました。・・・呆れた状態でありました。とても命がけのレースをひかえた者とは到底思えない物でありました。

本日の稽古で腑抜けた自身に気を入れて貰おうとでも甘えた気持ちで出向いて来たのでありましょうが・・・そもそもが道場に出向く心構えが出来ておりません。その場は一瞥して道場に入りました・・・。

モサモサと物憂げに着替える二人の様子に目が行きました・・・小林君の皺だらけの袴に目が付くと・・・道場に響き渡る雷が落ちる事とあいなりました。

道場に出向く態度といい、何たる無作法・・・その場で厳しい叱責を浴びせる事となりました。

許し難い無作法でありました!坐礼の際の訓示ならいざ知らず、その前の着替えの段階では、珍しい事でありました。トバッチリを受けた齋藤君は、如何して良いか判らずに、はきかけの袴を手に持ったまま固まっておりました。

洗濯をして畳まずに置き、そのまま道場に出向くなど…外道の所業である。この愚かな馬鹿者は時として取り返しのつかない事を唐突に行ってしまいます。自身の言動を理解してない事が、いまだにあります。8月が来れば入門して丸9年となる者がであります。一体この9年間に何を学んで来たのか・・・惨憺気持ちにされました。しかし、所詮師たる小生の責任も大で有ります。

時として垣間見られる師を師とも思わない・・・のではと思われるこの者達の言動を見逃すことなく、時期を観て正して来た積もりでしたが・・・少し加減が過ぎたやもしれません。今後は、潰れても致し方ない・・・言下に斬り捨てます。最早、問答無用!

 

坐礼の時の講和が二人の無作法の叱責の続きと成った事は当然であります。丸6年と9年の稽古を重ねて来た者達への最後の期待を込めて、剣の修行をこの様な時代に行う意義、意味を今一度考証し、自身の肝に命じる事を求めました。それが出来ねば修行途中で破門された者達の二の舞になるだけで有ります。只、それだけであります。

丸五時間の稽古では、昨年から芽生えていた齋藤君の第一期の上達への道程が、ここに来て更に鮮明に成って来ております。基本打込、兵法(形稽古)、抜刀、地稽古を別物にする事無く、それぞれが一つの物として連動する修行を続けるばかりであります。

問題の馬鹿者は、何とか叱責に応える様に気を入れようとする雰囲気はありました。しかしあの様な腑抜けた状態で出向いた者が、たとへ叱責されて目が覚めたとは言え、直ぐ様都合よく気が入りわけもなく・・・。それでも九箇当たりで何とか平生の状態には持って行っておりました。それでも気を充実させるのにこれ程時間が掛るとは思いもしなかったでありましょう。

しかしながら、この事は折に触れて、言葉を変えて平素から師として伝えている事であります。全く持って学習能力の低い者達であります。これでは、場に臨んで役には立たない。レースで勝つなど有り得ない事であります。

少しは気の入りが途中に出て来ても、地稽古になれば最早手遅れであります。前回は、小手に触れる事が出来ましたのに今回は、触れる事も出来ない・・・当然であります。出ても、下がっても、待っても・・・只打ち据えられるだけ・・・最後に三学の大調子、大拍子の打ちを喰らって・・・小手を腫らしておりました。腕の痛みと共にゆったりと目で追える太刀筋に成す術ななく打ち据えられる事に・・・不思議そうな表情を浮かべながらも、地稽古は形稽古の様にと言う師の教えをハッと思い出している様でありました。所詮、地稽古に遣えない形稽古は、形にあらず!

そんなこんなの廣川君月命日前日の稽古会でありました。明日は、今回稽古参加の者達での月命日お参りであります。

日記