広島柳生会

正傳新陰流 広島柳生会

剣道の修業の一環として新陰流・制剛流抜刀術を伝承する広島柳生会の日常の稽古風景や出来事を掲載する。

令和四年新年、剣道特別稽古初め

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1月16日

令和四年1月16日、この日は昨年から行っております剣道七段挑戦中の御仁への剣道特別稽古の稽古初めでありました。彼にとりましては初めての場所でありましたが、迷う事無く、約束の時間前には道場に出向いて参りました。趣のある社の様子に感心しきりでありました。

少し身体を慣らして貰い、早速坐礼を行い先ずは何時の様に今年初めての剣道形を打つ事としました。始めた当初は太刀七本さえも途中で仕切り直しをせざるを得ない状態でありましたが、現在は小太刀三本含めて最後まで気を切る事無く打ち切る事が出来る様に成っております。

無論課題は多々有りますが、それは時間を懸けて次第に身に付いて行きます。それよりも何よりも呼吸に意識が行くように成って来ておりますので太刀七本小太刀三本を曲がりなりにも最後まで打つ事に応じる事が出来る様に成っております。大変な進歩で有りますし、形稽古に成って来ております。それまでの形(かたち)練習から確実に脱却しております。

打ち切った後には、課題を二~三正しておきました。この様に少しずつ消化不良に成らぬ様に着実に真の上達を求めて精進を重ねて行って貰います。形の中に込められた先人の術理を正しく理解し、それを理解だけで終わらせず身に付け地稽古に活かす・・・剣の修行はこれに尽きます。現代剣道も古流も有りません。剣の修行は一つであります。

形稽古の後は、温かいお茶で一服し、地稽古を行いました。無論ここでも形稽古の延長で基本打込を先ずは行って貰いました。正しい踏込みを伴った面打ちが出来ねば何も始まりません。元立を相手にして打込みをするとややもすれば打ちに気が行き過ぎて踏み込みが疎かに成ります。これでは本末転倒です。鋭く正しい打ちを繰り出すには、正しい踏込みが出来ねば成りません。手本を示し、踏込みの違いを心身で感じて貰いました。自身とは明らかに違う踏込みの音、竹刀操作の鋭さ、打った後の体の抜け・・・捌き・・・小首を傾げながら必死に取り組んでおりました。求める限りは、少しずつ確実に身に付いて参ります。諦めずに求め続けるばかりであります。

地稽古では、今までよりは先の技・打ちを繰り出す師の位の遣いっぷりに打込まれ台とかした七段挑戦者でありました。打たれなが学んで行った貰います。剣は所詮打たれながら学ぶしか方は有りません。打たせて貰って覚えるお上手稽古など物の役にはたちません。此処は真の大人の稽古場であります。正念相続の場であります。

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