広島柳生会

正傳新陰流 広島柳生会

剣道の修業の一環として新陰流・制剛流抜刀術を伝承する広島柳生会の日常の稽古風景や出来事を掲載する。

3月第二土曜日稽古会・・・二週間ぶりの稽古。

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3月14日

令和2年3月14日、二週間ぶりの稽古を行いました。何とか稽古の出来る道場を確保でき、各人が時間の許すまで夫々の稽古を楽しみました。新婚旅行終えて帰国したばかりの永原君でしたが、新居引っ越しの合間を縫っての一時の稽古を求めての参加でありました。旅の疲れを物ともせず、心地よさげに先ずは一人遣いにて清々しい汗を流しておりました。

関戸君もほぼ近々の工事の目途を立てての参加でありました。地稽古の面白さに目覚めつつある様子は…言うまでも有りません。意欲に満ちた雰囲気は…益々で有りました。

 平生の道場の如く、正面に鏡餅と廣川君を・・・何時もの当会の稽古風景のままとし、座礼を行い、稽古を始めました。

平生の道場より広さが足りませんので、基本打込みは、場を斜めに遣い、行いました。二人ともみるみる額から汗が噴き出しておりました。ただ突っ立ているばかりの元立では無く、時として前に後ろにと動く元立の動きに合わせて、その動きに対応するべく必死に夢中になって打込む二人で有りました。

その後、三学を気一杯で遣い合ったところで永原君は、新居の引っ越しに戻る事となりました。今までにない(迎え)の捌きの鋭さの心地良い手応えを手土産に・・・人生の節目の一つを迎えている彼の新境地の証の一つでも有りましょう。

永原君が退出したのちは、関戸君との濃密な直伝稽古と成りました。兵法の中に伝えられている所作事・・・一見何事も無いような事・・・その中に含まれるある種の威力・・・彼が平生見過ごし、気が付かずにいる事を少しこれまでの地稽古の例をもとに少し言葉を添えて明かす事と致しました。

何かをすこしづつ気付き、身に付けようとしつつある彼の喜び、感動が如実に現れた三学でありました。清々しい三学でありました。

村雲の勝口もとうとう・・・実感できた関戸君でありました。その後、燕飛の正しい遣い方を何度も一人遣いで繰り返し行なって貰い、体に染み込ませて貰いました。

真剣での制剛流抜刀では、特に円の太刀を強く意識し、遣って貰いました。これまたやっと良き二本の斬り下ろし、振りがでておりました。心地よさそうな、ハッとした様子の気配を発した彼の様子が、印象的でありました。思わず微笑んだ小生で有りました。

稽古の締めは、無論防具を着けての地稽古であります。地稽古の始めは、無論基本打込みであります。これなくしては、剣の修業足り得ません。形の中に含れる意味を心身を通してトコトン味わって貰いました。文を斬られながら突如として逆勢に付けらただけの事に、幻惑され身動きできなくされ・・・打ち取られる・・・何が起きてるかも理解できずに打たれ続け・・・立ち向かうしか無いと腹の決まった時に突如として出た・・・小生の左拳に良き打撃音を発てていた一撃・・・今後の彼の地稽古の指針になる一撃でありました。

良き一日が清々しく終了いたしました。

日記