広島柳生会

正傳新陰流 広島柳生会

剣道の修業の一環として新陰流・制剛流抜刀術を伝承する広島柳生会の日常の稽古風景や出来事を掲載する。

12月第三土曜日稽古会・・・野原君参加の実質納めの稽古会

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12月18日

令和三年12月18日、この日の稽古会は、大阪から野原君が出向いて参りましたので実質の今年の稽古納めと成りました。今年最初の寒波到来の中での一日でありました。

初めての子供の誕生を迎えてここ二か月は稽古参加を控えていた永原君も野原君の参加に合わせて出向いて来ておりました。コロナ騒動禍のエアポケット?の様な状態を迎えている時にこの日が重なり、幸いでありました。

一人遣いの際からこの一年に思いを馳せながら一人一人にアドバイスを送る師の位でありました。

坐礼の際には、この一年を振り帰っての訓話をしました。何時までも依頼心を持った状態での待ちの姿勢を来年こそは、先の気を発揮し、自ら求めて行動する事を願いました。廣川君と共に記念の写真に納まり、稽古会開始としました。

凍える様な道場内の空気でありましたが、木刀での基本打込を繰り返す内に皆の身体から湯気が立ち昇って来ました。各人が今年一年の課題を胸に熱く打ち込んで参りました。まだまだ指摘されねば気が付かない処は来年以降の課題であります。剣は自得です。真の主体性が求められます。

兵法は、本伝の太刀を初太刀の気を込めて遣い合いました。二か月振りの永原君は、足の為にはこの間の休みが養生と成った様で、確りとした踏込みを繰り出しておりました。剣は、踏込みです。生涯をかけて求めて行くしか有りません。更なる高みへの稽古が求められます。

合撃、二の斬りと地稽古に繋がる根幹と成る太刀筋を求めての師弟同行が続きます。同じ太刀筋が一本の形の中に数本組み込まれております。一本良き手応えが出ても其れが二本目、三本目に繋がらぬ・・・場の中で展開し、人を相手にする難しさに取組む弟子達でありました。

抜刀では、此処でも飽くまでも基本刀法を充分に抜き合いました。少しずつ良き刃音を立てつつある各人でありました。基本刀法が曖昧では、形も居合も有った物ではありません。剣技は、基本がすべてで有ります。それも動きの中で発揮出来ねば絵に描いた餅であります。動きの中で場に応じ相手に応じて遣い切る・・・それを求めての稽古であります。講釈は何の役にも立ちません。体を捌き振り込むのみであります。足腰刀の連動を求めて!

納め稽古の締めは、防具を着けての懸り稽古としました。息の続くまで、元立に打込んで貰いました。始めは大きく元気一杯で打ち込んで来る弟子達も次第に腕が上がらなくなり・・・それでも止めが掛かるまで必死に打込んで来ておりました。

最後に野原君だけに地稽古をつける事にしました。他の者には、見取り稽古を命じました。待っていては、打込まれ、攻めて行けば凌がれ、攻め返され、崩され・・・崩れた処を逃さず打たれ・・・特に相懸、合撃・・・形稽古で行っている事の実践遣い、そこに突如として繰り出される剣道特有の摺り揚げ技・・・相手の竹刀が見事に落ちてしまい、その瞬間に繰り出される打ち・・・竹刀のみか身体ごと崩される様子に・・・固唾を飲んで見取り稽古する弟子達でありました。ただただ形稽古で身に付けた技を地稽古で遣っているだけで有ります。形稽古を地稽古に活かす。これが出来ねば形稽古の意味がない。

良き稽古納めを行い・・・恒例の焼肉ダイニング龍O(リュウーオー)に向かい、忘年会とあいなりました。

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