広島柳生会

正傳新陰流 広島柳生会

剣道の修業の一環として新陰流・制剛流抜刀術を伝承する広島柳生会の日常の稽古風景や出来事を掲載する。

宮島厳島神社奉納演武前日稽古会

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宮島厳島神社奉納演武に向けての前日稽古会を行いました。明日参加の大阪の野原君は本日は勤務の為、参加できませんでしたが其の代わりでは有りませんが博多から市原さんが出向いてこられました。本日の稽古は勿論、明日の演武見学を楽しみにされての泊りがけの来広でありました。梅雨のさなかの日中稽古で有りますので殆どの窓を全開状態で行いました。幸いに裏山からの風が終始途切れる事は有りませんでしたが、湿気を含んでおりますので爽やかとは行きませんでした。しかし裏山の薮蚊対策は何とか功を奏し痒さに悩まされることは有りませんでした。


前日稽古とは申せ基本稽古は外せません。市原さんには特に現在只今最も必要な稽古で有りますので、その疲労度を考慮しながらも充分に遣って貰いました。しかしこの基本稽古は精度を高めながらも生涯行わねば成らぬ稽古であり初学の時のみの稽古では有りません。基本とはさほどに身に付けるのは困難な事であります。何時もいつも同じ事を指摘される事に少々情けなく感じているようですがそれで当たり前です。始めて一年にも成らぬ者が出来ぬと悩む事など論外で有ります。30年40年と遣っている者でも何も出来ていない者共がほとんどですから。真摯に諦めずに正しい稽古を積み重ねるのみです。さすれば自然に体も安定して参り、左肘も伸びて参ります。今は只熟成を待つのみです。先輩は演武をひかえてはおりましたが、重めの竹を入れ替えた竹刀で奮闘しておりました。重い竹刀ですので腕力で遣わないかと少々心配しておりましたが杞憂でありました(元々腕力など無いのですから)。重めの竹刀をそれなりに遣いこなせる月日を確り歩んで来ているようで有ります。


兵法は勿論市原さんには三学、八勢を集中的に遣って貰いました。覚えたつもりでも何処かで迷うのが勢法であります。打留めで固まってしまい、しこたま足を打たれる場面も有りましたが何も気にする必要は有りません。頭では無く、痛い思いをしながら身体全体で覚えて行けば良いだけです。まだまだ頭で遣おうとしていますので今しばらく痛い思いも味合う事に成りましょう。先輩には演武で遣う下からと九箇を集中的に行いましたが、オープニングは勿論とりあげで有りました。これは如何なる事が有っても外せません。最初14本の続け遣いを行いましたが、これは精神的にまだ無理があると判明致しました。本番は中段を間に挟むことに決めました。少し打太刀が気を発すると左手がズレる(逃げる)処が有りましたので、本番では自然に打太刀の気も高まり稽古以上に攻めが来る事を諭し、何が何でも中心を保つことを厳命致しました。そこを頑張ることが出来れば合撃は良き手応えに成るはずと確信しております。良い物は持っているのですから後は気一杯で遣うのみです。市原さんにはその後中段の4本目までを伝授し遣って貰いました。まだまだ三学、八勢に迷うところが有りますので本人も次に進むことに少々戸惑いが有るようでしたが構わずに進めました。稽古の進め方は師の専権事項であります。弟子の分際で願い事など論外であります。(遠き昔の師との遣り取りが思い出されます)


最後にやはり抜刀を行わねば終われません。礼法の確認の後、皆で確り抜き合いました。稽古後は藤中君の龍王焼肉店)に出向き、演武前夜の決起大会と致しました。永原君も電車で駆けつけて黙々と食しておりました。その際愛刀の柄巻が出来上がっておりましたので鑑定書と共に渡すことが出来ました。これで毎晩彼もニンマリとしながら愛刀との触れ合いが出来ますでしょう。久々に藤中君の紀州石堂も拝見出来ました。クスミもなく無事な様子に安心しました。